江國香織作『神様のボート』

初めて読んだ当初は作者がこの作品のことを「とても危険な小説です」と評した意味がわからなかったのですが、大人になってからその意味がわかりました。学生の頃に読んだ時は、この静かに自己完結したような二人の生活感が好きでした。しかし、失踪する恋人から「何年かけても見つけ出す」と言われ、盲目的に信じることなんてあまりにも危険です。女手一人で育てた娘にさえも狂ってると思われるほどに危うさです。

お話しは母一人娘一人のまるで「ごっこ」のような気楽な二人暮らしの描写から始まります。母はピアノ教師とスナック勤めをして生計を立てています。堅実に生きているようにも見えますが、いつか失踪した子供の父親に会えると心の底から信じて生きています。

いつしか、渡り鳥のような生活をしていく中で娘は根を張った生活をしたいと思いますが、母はそれを拒みます。愛する男性を再び出会うために。

子供の自立は親にとって喜ばしいけれども同時にとても寂しいものです。しかし、子供が親よりも常識な感覚を身に着け、親の夢を覚まそうとする、これほど切なくて痛々しいことはないでしょう。

お話しは母と娘、章ごと交互に視点が変わっていきます。お互いの愛情を知りながらもすれ違っていく様子を見て、読者も辛くなっていきます。丁寧なのに淡々とした母娘二人の生活の中にある切なさを感じる小説です。「危険」と感じる度合いは人によって違うかもしれませんが、なるほどこれは危険な小説です。